1998年3月 2日

風の娘ウェンディー 帽子っ娘大作戦!

   ----------------------------------------------------------    サイキックフォースレプリカントシリーズ アナザーストーリー    ----------------------------------------------------------    「風の娘ウェンディー 帽子っ娘大作戦!」 Master    **********************************************************  「ねぇ、起きてよぉ。起きてってばぁ!」  たまの休日。ひとが寝ている布団の上で、彼女が騒いでいる。  「ん~。もうちょっと寝かせてくれよぉ」  「なによぉ。今日は遊びにつれてってくれるって言ってたじゃない」  「あー、わかったわかった。今起きるから」  身体を起こすと、布団の上に乗っていた「23cmほどの彼女」は、台所へと向 かった。  「早くしてよねー、お兄ちゃん☆」  やれやれ。  20XX年。タイトーは「サイキックフォース・レプリカントシリーズ」を発売 した。  ようするにビデオゲーム「サイキックフォース」に登場したキャラクターの ぬいぐるみ人形なのだが、なんと彼らは自分で考え、話し、行動するのである。 体型はデフォルメしてあり、身長は25cm前後。  基本的な性格はあらかじめ入っているのだが、育てかたによってさまざまに 成長していく。  キャラクターの能力にそった各種オプションや、レプリカント同士を会わせ るとゲーム「サイキックフォース」のシーンを再現するストーリーオプション など、まさにサイキックフォースファンのための商品である。  まあ、お値段の方もけっこうするのだが。  発表された時には、パソコン通信「NIFTY SERVE」にある「サイキックフォー スパティオ」には、ものすごい反応があった。発売後も入手報告や、子育て日 記(笑)などが書き込まれ、現在は別に「レプリカントパティオ」が開設され ているくらいだ。特にエミリオやウォンなどの人気キャラクターは独立したパ ティオが作られている。  わたしは緑の1Pウェンディーを買った。  ウェンディーは他のキャラのレプリカントよりも動きが素早い。また、やや 勝気な基本性格になっている。  ウェンディーは、いっしょに生活しているうちに、いろいろな言葉や物事を 覚えていった。そのうち、なぜか彼女はわたしを「お兄ちゃん☆」と呼ぶよう になった。  こうして、今の「わたしの」ウェンディーがいるのである。  台所に行くと、ウェンディーが紅茶を煎れてくれていた。といってもティー バッグをカップに入れ、ポットのボタンを押すだけなのだが。ティーバッグを 取り出し、牛乳を入れるのはわたし自身である。  新聞を読みながら朝食を食べている間、ウェンディーはテーブルに腰掛け、 テレビのニュース番組を見ていた。もちろんレプリカントに報道内容が理解で きるはずがないのだが、言語プログラムの更新にはいいのかもしれない。  食後に歯を磨いて顔を洗い、着替える。  その間、ウェンディーは鏡を覗いて、髪を整えていた。ファッションには無 頓着なわたしが育てている割に、身なりはきちんとする方だ。女の子なので、 そういうプログラムが組まれているのかもしれない。  「ウェンディー、行くよ」  「はーい、待ってぇ」  てててっ、と廊下を駆けたあと、ウェンディーはジャンプをした。そのまま ふわりと宙に浮かび、わたしの頭の上に移動した。ここがウェンディーのお気 に入りの場所らしい。  「いってきまーす」  わたしはウェンディーを頭に乗せたまま、玄関から出た。  レプリカントは当然ながら空を飛べない。せっかくサイキッカーを模してい るのに、ちょっとさみしかった。  そこで、わたしは「重力制御ユニット」をウェンディーに組み込んでやった。 ユニットは開発されたばかりで、まだまだパワーが小さいのだが、レプリカン トを浮かせるくらいなら充分に使えた。  先日、タイトーにメンテナンスに出すときに外し忘れたのだが、ちゃんと返っ てきた。いつもよりもやや時間がかかったことから見て、少々研究されていた のだろう。ブラドの次バージョンには、重力制御オプションが組み込まれてい るかもしれない。  電車とバスを乗り継ぎ、市内へと向かった。  車内でもウェンディーはいろいろと話しかけてくる。それに受け答えするの は楽しいのだが、やはり視線が気になる。はたから見れば、人形とおしゃべり しているようにしか見えないわけだし。  別にはずかしいわけではないが、注目を集めたいわけでもない。  紙屋町でバスを降りると、後ろから声がした。  「あれ、先輩じゃないですか。どうしたんすか、こんなとこで」  振り向くと、自転車に乗った高校からの後輩がいた。  「いや、休みでヒマなんで、こいつを連れて遊びに来たんやけど。お前は?」  「明日から出張なんで、その準備なんすよ。あいかわらず仲いいっすねぇ」  「まあな」  わたしは苦笑いをしながら答えた。  「あ、いっけねぇ、間に合わん。じゃ、失礼しまーす」  「おう、じゃあな」「ばいばーい」  ウェンディーはわたしの頭の上で手を振っていた。  「やれやれ、あいかわらずなヤツだ」  「そうねぇ~」  わたしは再び歩き始めた。  デパートに入る。本屋で軽く物色したあと、ゲームコーナーへ向かった。同 じ階にあるので便利だ。  プロジェクター台に「サイキックフォース」が入っている。反対側にある 「サムライスピリッツ(もちろん初代)」にも心ひかれるが、とりあえずここ はインカムに貢献しなければなるまい。  ウェンディーを選び、ゲームが始まる。  「ほら、そこ! そうじゃないって! ああん、なんでそうなるかなぁ~」  「あー、もー、ゲームくらい好きにやらせてくれぇ!」  「でもこれあたしだもん! あ、ほらぁ、バーンに負けちゃったぁ」  非常ににぎやかに遊ぶわたしたちであった。  昼近くになり、地下のファーストフードショップへ向かった。チーズバーガー のセットを買い、席に着く。  ウェンディーはテーブルの上にぺたりと座り込み、フライドポテトを食べて る。わたしはフライドポテトはあまり好きではないのだが、彼女のためにセッ トで買ってやった。  レプリカントは、いちおう食事ができる設計になっている。といっても消化 できるわけではなく、あとから取り出す必要がある。  メンテナンス用のハッチは普通おなかにあるそうなのだが、ウェンディーは 背中にある。おなかを出したファッションなので、見栄えがよくないからであ ろう。上着を着せれば半分はかくれる。  ウェンディーは上着を脱がせればすぐにハッチを開けることができるが、や やこしい服を着ているバーンやキースは、かなり大変だということだ。  わたしはカップに残ったホットティーをすすりながら、本を読んでいた。ポ テトを食べおわったウェンディーは、紙ナプキンで手を拭き、テーブルの上に 立ち上がる。  「さ、そろそろ行きましょ☆」  「はいはい、お嬢様」  トレイを持ち、わたしは席を立った。  午後から市内を適当に歩き回った。  パソコンショップやゲームショップ、アニメショップなどに入り、ぶらぶら と見て回った。  なにかいいものがあれば買い物もしたのだが、これといったものはなかった。  それでもめったにこういったところに来ないウェンディーにはめずらしいも のが多かったらしく、しきりにわたしに話しかけてきた。  「んー、もうこんな時間かぁ。そろそろ帰ろうか」  「はーい」  夕方も近くなり、わたしはバス停のある通りに向かって歩きだした。ウェン ディーはあいかわらずわたしの頭の上だ。  「うわっ!」「きゃっ!」  突然、強い風が吹いた。春一番か? もうすぐ春なのかな。  「あっ! 帽子がぁ!」  急に頭の上が軽くなった。振り向くと風に飛ばされたらしい帽子を追って、 ウェンディーが向こう側に飛んでいくのが見える。  「あ、おい、ウェンディー!」  わたしはあわててウェンディーを追いかけた。  角を曲がると、歩道の橋でしゃがみこんでいるウェンディーを見つけた。  「ウェンディー、こんなところにいたらあぶないぞ・・・」  振り向いた彼女は、目に涙をため、今にも泣きだしそうだった。  「お兄ちゃん・・・。これ・・・」  ウェンディーが差し出したのは、車にひかれたのであろうか、ぺしゃんこに なった彼女の帽子だった。  「ごめんなさい・・・。この帽子、お兄ちゃんのお気に入りなのに、こんな になっちゃって・・・」  わたしは微笑んで、ウェンディーの頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。  「ばかだな。帽子ならまた買えばいい。おまえが無事でよかったよ」  「お兄ちゃん・・・。ありがと」  ウェンディーは涙を流しながら、でも笑顔で、そう言った。  街が夕焼けに染まるころ、わたしは再びバス停に向かって歩きだした。  「ねえ、お兄ちゃん☆」  「んー」  ウェンディーは頭の上から話しかけてきた。  「あたしね、お兄ちゃん、だーいすきっ☆」  わたしからは見えないのに、心にウェンディーの笑顔が浮かんだ。  「・・・わたしもだよ」  「え、なに? お兄ちゃん。聞こえないよぉ」  「なーんでもないっ!」  「ええー、ずるーい、聞かせてよぉ、お兄ちゃん☆」  わたしはテレ隠しに走りだした。  どうやら彼女との生活は、長いものになりそうだ。